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2005年 03月 30日
その④L.A 最終日
ロスに来て3日目。私達は何をしに来たかの原点に戻り本日は雑貨屋やお店巡り!
             ・・・という事で、朝食後パサディナへ行く事に。

ホテルの玄関にはイエローキャブが待機しているので乗り込むと、ラッキーな事にドライバーが日系ぽいオジイチャン。ガイドブックを指して「パサディナのパセオコロラドに行って下さい」と言うと「ああ、ここね。モールね。わかった。」と片言の日本語で返ってきまして「よしよし!行くど~」とダウンタウンを出発。フリーウェイに乗りしばらく走ると渋滞に。

「今日は日曜だからね。ここは混むんだ」とオジイチャンが言いまして先を見ると二股にフリーウェイが分かれるのが見えました。なんか嫌な予感が・・・・・

オジイチャンは迷わずに二股を空いている方向に進みましたがパサディナという看板の方向では無い。「パサディナは向こうじゃ無いの?」と言うと自信満々に「こっち、こっち」と。
ま、いいか。ってなノリでフリーウェイを下りると前方に山並みが見えるんですね。パサディナって凄い遠いんだな・・・・山も裸なので陽の光を浴びてオレンジやベージュに光ってまして。

「ここだよ」と着いた場所は超巨大なショッピングモール!さすがオジイチャン!
ショッピングモールとMACY'S・ROBINSONS'MAY・MERVYN'S・他2つの5つのデパートが融合していて見応えタップリそうな場所です。しかも日本人はゼロ。私達を珍しそうに見ていますし、背後のオバチャン組にJAPPYとか言われてチョッとムッとしましたが確かに観光客は全然居ません。広大な敷地にビッチリと並ぶ店舗。新しいのか綺麗だし素晴らしいんです。

ただ、パサディナではス-パ-に行きたくて、その巨大ショッピングモールを端から端まで見ながら勿論スーパーも探していました。でも、無いんですね~案内図みてもスーパーが無い。

なのでインフォメーションに行く事に。スーパーは無いのか聞くと「ここにはありません」と。
「え~?何で?あるってガイドブックにあったのに。ここはパセオコロラドだよね?」と尋ねたらインフォメーションの女の人が驚いて「ここはグレンデールです!パサディナは逆」と・・・・・・

そう、ジイチャンはやってくれました。すでに夕刻。そこはグレンデールギャラリアとかいうショッピングモールだったんですね。当然、即、タクシーを呼んで貰いパサディナに移動。

この日は日曜。向こうは週末の閉店時間がpm・6:00らしく、パセオコロラドでは早歩き、いや、競歩に近い速さで歩き回りました。
雑貨屋はアジアンテイストや自然素材の物を扱う店が多くて、なかなかアメリカン雑貨みたいな店はありません。やっと見つけたのがNASカー等のグッズを扱うショップで、時間も無いのでそこでマットやナンバープレートに付けるフレームやアンテナマスコットをいくつか購入。
お目当てのスーパーでは土産になるような日用品をドバドバ購入して、商品陳列の仕方とかを目に焼きつけさせながら一応持って帰れる物は揃えられました。

ドタバタだったけど夕暮れのパサディナで、私はジイチャンの勘違いに感謝の気持ちで一杯になりながらスーパーの外のデッキでジュースを飲み煙草をふかし。
間違えなければ、あんな穴場には行けなかったし、観光客で無い現地の人達の買い物をする姿を見れたしで、初めてのロサンゼルスなのに凄く得をした気分ですもん。
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1つ返事でロサンゼルスまで付き合ってくれたO川にも勿論とても感謝!無計画実行でドタバタ好きな私はアグレッシブな彼女と行って大正解。次に行く時は又ダウンタウン拠点でグレンデールもパサディナのローズボールにも行きたいし今度はサンタモニカにも行ってみたいなぁ~とガイドブックを眺めています。

           ちなみに帰りの飛行機では寝れました。これもユニバーサルで乗った
           マミーリターンズのお陰かも。ただ、NASCARのショップでわんさか
           買ってきたフレームをスーツケースに入れて、そのまま入れてある事を
           忘れロスの空港での荷物チェックで引っ掛かりましたけど。
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by emirysan | 2005-03-30 19:09 | ☆SIGHTSEEING | Trackback | Comments(0)
2005年 03月 30日
その③二日目
ハリウッドから又メトロに乗り(シビックセンタ⇔ハリウッドは乗り換え無しのREDLINE一本なので一番安い切符で正解)ダウンタウンのホテルに。飛行機ではやはり熟睡なんて出来なかったので、その夜は爆睡しました・・・

翌日はこの旅では御法度な(雑貨などの勉強兼ねて行くと言って家族の許可を得たから)ユニバーサルスタヂオへ。遊園地は余り興味無くても映画好きな私はユニバーサルには是非行ってみたかったので感激で、スタヂオツアーでバック・トゥー・ザ・フューチャーの時計台を見た時には私の頭の中では映画の中のセットが蘇り、O川に見られないで良かったけど(サングラスしてて良かった!)感動で涙流してました・・・・・
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バックドラフトを見て「WOW!!」と笑った後にジュラシックパークへ。水しぶき避けのポンチョ型レインコートを買い乗り込んで、隣にスパニッシュ系の家族が座りレインコートも着ていないので「大丈夫?」と聞くと「大丈夫だよ」と。

ま、いざ出発して水面に落ちる時には私が大丈夫で無かったんですけど。

この様に絶叫マシーンが苦手な私は次に、ガイドブックには「迷路」と表記されていたマミーリターンズという当時新しいアトラクションに「迷路」なので余裕でO川とルンルン行きました。
入ると案内係がロッカーに身に着けている物を全部入れて来てと言うので「WHY?」と尋ねると「全部飛んで無くなるよ」と。ん?

迷路では無い・・・・?とこの時に初めて気付きましたが、大した事は無いだろうと「止めておく?」というO川の心配をよそに進みまして、ドキドキで乗り物に乗り込んだら最初はゆっくりマッタリと進み「何だ、またどっかの一部分だけがジェットコースターってか。じゃ、大丈夫」なんて話してたら前に座ってる女の子が騒ぎ始めたんですね。アメリカのファミリードラマの子役が叫んでるみたいに。
それを見て笑ってたら女の子が振り返り「ごめんなさい、でも本当に怖いの」と言うので「可愛いな、まだ子供だもんね」なんて思ったのが・・・・間違いでした・・・・
                  あれは、何なんでしょう。
暗闇を吹っ飛ばされてピタッと止まって、方向転換して又吹っ飛ばされる・・
降りる時には私がファミリードラマの子役みたいになっていました。
                 好きな方は是非試して下さい。

CITY WALKではショップや食事処が軒を連ねて、楽しかった!!
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そんな二日目の完全観光DAYでした・・・
帰国してから家族には「ズルイ」「何しに行ったんだ」とブーイングでしたが。
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by emirysan | 2005-03-30 17:41 | ☆SIGHTSEEING | Trackback | Comments(0)
2005年 03月 27日
その②初日
飛行機嫌いの私が「アメリカに行く!」と決心して選んだ場所は、ロサンゼルス。本当はデトロイトとかニューオリンズとかに行きたかったけど初心者な私はまずはメジャーで飛行時間の短いロスを選びました。でも、1人では行く度胸が無いので中学時代の同級生に「行かない?2泊5日でしか行けないんだけど」と言うと「いいよ~」と1つ返事。それから約2ヵ月後の昨年6月に私は何でもいいやと買った小さいスーツケースをガラガラ引きずり同級生O川と成田を発ったのでした・・・

飛行機移動中の話は省くとして、ロサンゼルス空港に着き着陸する時に飛行機の窓から見えた空港で働いている人々が「日本人じゃない」事を見て実感が湧きましたね~

入国の時には漢字のTATOOを入れた人が沢山居て「・・・強竜・・・?きょうりゅう?」「犬男・・・??」と意味のわからない漢字を入れてるイカツイ外人がとてもオチャメに見えてしまいました。私もO川も煙草を吸うので10時間近く吸えなかったから空港出て真っ先に喫煙をしに。
送迎を頼んでいたので真っ直ぐダウンタウンのホテルに向かいながらフリーウェイを走ってる間中、カリフォルニアのシンボルのやしの木や下に見える街並みや、フリーウェイを走る車が日本車ばかりなのやら、標識やら見て「ここは横田でも無いし、やしの木は熱海のソテツとは違う!!しかも右側走行!」と思いながら見つけた76のビルを写真に撮ってましたね。本社なのか大きくあのオレンジにブルー文字でババ~~ンと目立ってまして・・・
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ホテル到着後にすぐ一眠り・・・では無くてホテルを出てハリウッドに行くのにホテルから一番近いメトロの駅「シビックセンター」を目指し歩きました。チョッと距離はあるんですけどO川と喋りながら、道中怪しげな人が座り込んでいたり、アンモニア臭がしたりで「ふ~ん」と思いながら交差点に横断歩道が無いんだ~とか何か余り東京と変わらないかな・・・と考えてるうちにシビックセンターに。メトロは驚きです。長いエスカレーターを下りると広大なスペースが。でも柱以外は地下鉄ホームに続く階段のみ。切符はどうやって買うんだ??って感じで探すと券売機を隅っちょに2個発見。行き先と金額を表示した看板も無いしで「ん~。とりあえず一番安いのでいいか」と。

改札も無いし階段下りると薄暗くて、向かいの階段に何か光ってるものが・・・見ると黒人の方が階段に座ってたんですね。チョッとビビリました。
アナウンスも無ければ駅員も居なくて上りも下りも駅のホームには書いていない。頼りはホームにあった路線図の看板のみで、電車の音とライトが見えたはいいけど電車の行き先見て路線図見てやっと「ハリウッドはこっちじゃ無い」とわかったのでした。

私達ジャパニーズ組はメトロ内では珍しげにジロジロ見られてましたが何故か目が合うと逸らされるし、スパニッシュ系や黒人が多くて白人が余り乗っていないんだ・・・と言うことは・・・中流家庭とかはメトロを使わない?じゃ余り日本人観光客も乗らない?みたいな感じでチョッと冒険かな~~♪と楽しくなっちゃいましたね。

そしてハリウッドに着き地上へ上がると「え?これが?」みたいな街並みが。
観光の人が沢山居るんだけど何と言うのか・・・ここでアカデミー賞の授与式やってんだ・・・と。街並みがハリウッドっていう名前負けしてるんじゃないかなって初心者には感じてしまいましたが、中心からチョッと離れるとTATOO SHOPが沢山あったりムッツリしたコンビニの親父に日本人か?と聞かれたり店のシャッターが鉄格子みたいだったり、いい年してそうなスパニッシュ系の親父がアメ車に乗ってバックファイヤーしながら私達に声かけてきたりで「へ~」と思える一面もあったりして。
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ハリウッドハイランドやチャイニーズシアター辺りの観光客一杯の整備された部分と、チョッと行くと古い小さな店が並んでまばらに歩く観光客を横目に見ながら地元の人達が談話してる様な生活の部分の顔とが見れて面白かったですね。
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by emirysan | 2005-03-27 17:18 | ☆SIGHTSEEING | Trackback | Comments(0)
2005年 03月 27日
初L.A. その①
TeenAgeの頃のアメリカンオールディーズに目覚めた簡単な経緯は書きましたが、たまに何でこんな風に惹かれるのかな・・・と思うことが自分でもあったりして、さかのぼると幼稚園という幼少期にアメリカ人と結婚したオバのFAMIRYが当時は座間のベースに住んでいて、かなり行き来してた頃にすでに何かしらの影響を受けていたのかもしれません。

水色の外車や大きくて浅い風呂にはシャワーが付いていて何で風呂場にカーテンがあるんだろうとか、お菓子屋に行くと自分のうちの近所のお菓子屋には無いバブルガムやキャンディーにメチャメチャ感動したり、コリーに咬まれてびくって大泣きしたり、オバの家の近所の人達は皆外人だったり・・・オバは「アンテー」オジは「アンコー」と呼びなさいと言われて、何でオジが「あんこ」なんだろう・・・外人の男は饅頭なのか?!とかいうチビなりの疑問やらと軽くカルチャーショックを受けて居たんでしょうか。

オバFAMIRYはその後アメリカに帰り私が中学入学の夏までオバにも会わずでした。再開した時にはオバが英語なまりでたどたどしい日本語を話してるのを聞いて「凄い!元々日本人なのに外国に居ると日本語忘れるのか?!」と尋ねたら「自分も日本に帰って初めて気付いた」と。
その時は何故かホットドッグとウォーターの発音を教えてくれました。

オバが帰国後に「こずかい貯めて絶対にアメリカに行く!英語も頑張るし「あんこ」やイトコ達にも会う」という決意表明をエアメールでオバに送り「待ってる。飛行機代は27万」という有り難い目が覚める現実的な返事が来ました。

その後、こずかいが貯まる事も無くアメリカ行きは「いずれ」な話になり高校生の修学旅行で飛行機に生まれて初めて乗った私は何故か到着後すぐに膀胱炎になり、次に乗った飛行機では頭痛と飛行機酔い?をして具合が悪くなり、以来全く飛行機に乗ることも無く、乗りたく無く、社員旅行も飛行時間で断り海外旅行の誘いも断りで長い年月が経ってしまいまして
数年前にやっと北海道へ飛行機で行き、その時も揺れる度に身体が硬直していました・・・

が!!しかし、そんな私がアメリカに行く!と思ったのです。雑貨屋をやるという自分が仕事を立上げる前に絶対に行ってアメリカという国がどんな所か、何があるのかこの目で見て来たいと思い飛行機に乗る決意をしたのです・・・
アメリカ西海岸編〈2004~2005年版〉
「地球の歩き方」編集室 / ダイヤモンドビッグ社
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ガイドブック「地球の歩き方」

これにお世話になりました。
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by emirysan | 2005-03-27 15:22 | ☆SIGHTSEEING | Trackback | Comments(0)
2005年 03月 07日
映画で見る'50年代
'80年代初頭「グローイングアップ」という映画がありました。
3人組の青年達のチョビHで切ない青春映画でしたが'50~60年代のアメリカンPOPSやROCKが流れていて、割とヒットしたのか続編が6作か7作目まであった記憶が。1作目のラストにMr.LONLYという曲が流れるんですが切なさが強調されて当時は好きな映画の1つでしたね・・・。

トラボルタとオリビア・ニュートンジョンの「グリース」や「アメリカングラフティ」も確か同時期に前後してヒットしている映画です。アメリカングラフティはサントラ盤を買った位に盛りだくさんの曲が流れ高校の卒業パーティーに起こる学生達の青春映画と言えば良いんでしょうか。。。


グリースも不良グループの一人(トラボルタ)に恋する清楚な転校生の女の子(オリビア)がラストの卒業式には不良に変身、イケてるね!?というミュージカルの青春映画でした。
この頃の1950~60年代を舞台にした映画はハイスクール・青春・恋愛・音楽と、パターンが決まってたのに今見ても楽しいんです。逆に新鮮かも。

'80年代後半は「バック・トゥー・ザ・フューチャー」が爆発的にヒットしてます。あの映画はファンも多いみたいですが私も未だに大好きな映画です。街並み・家屋・車・ファッションはどれも素晴らしく当時を再現していてお店の看板1つにでさえ感動してしまいます。怪我をしたバンドのギタリストの代わりにマイケルJフォックスがジョニーBグッドを演奏して、それをギタリストが電話で「いい曲があるぜ!」とリトルリチャードに聞かせる細かい演出もなかなかで・・・

とにかく青春時代に親の世代の青春映画がヒットする・・・というかんじかな。ファッションでも音楽でも同じ事が言えるんですけどね。
グリース スペシャル・エディション
/ パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
ISBN : B0000ABABQ
グローイング・アップ
/ キングレコード
ISBN : B000244SFM
バック・トゥ・ザ・フューチャー
/ ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
ISBN : B00081U4P2
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by emirysan | 2005-03-07 16:59 | *MOVIE | Trackback(1) | Comments(8)
2005年 03月 03日
’50~’60年代アメリカに魅せられたのは・・・・
 その頃のアメリカというと、ROCK'N ROLLやツイスト・車・アドバタイジングなどが代表各で挙げられたりしますが、私の場合は最初にDOO-WOPという黒人のグループコーラスの音楽を聴いた時にド~~ンという衝撃が走りました。何か胸が熱くなったというのか・・・
凄くカッコイイ・・・何だか懐かしい様な自分でもわからない気分になったのを覚えています。

映像で見た時には単調な振り付けながらもピッタリ揃っているダンスにも黒人の振りのリズム感の素晴らしさに惚れてしまいました。

多感な?中学生の当時、日本はアイドル全盛で周りの同級生もいわゆる「追っかけ」をしていたり、透明な下敷きにはアイドルの切り抜きを挟んでいたりしていた中で、私はというと唯一シャネルズを聴きDOO-WOPにハマッて行きました。

そこが始まりでDOO-WOPからROCK'N ROLLや’60年代のアメリカンポップスも聴く様になり、「ローラー」と言われた原宿のホコテンの一員にもなって、更に色んな情報を聞ける環境に。

その頃を知る方は「あ~、そうそう!!」と思い出すかもしれませんが’50S・’60Sのブームも来て沢山の雑貨屋さんや古着屋さんが出来ましたよね。
アメリカンアドバタイジングを連想させるようなイラストの入った小物も一杯ありましたし。
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飽きっぽいはずの私が初めてこの年齢まで興味を持つモノと出会ったとは当時は気付きもしませんでしたけど、時を経て’50年代や’60年代の好景気に沸いていた元気なアメリカに関連する様な仕事は・・・と、思い始めたという訳です。
                      だけど、まだまだ全然知識不足で・・・(^^ゞ



アメリカン・アドバタイジング 50s
ジム ハイマン Jim Heimann / タッシェンジャパン
ISBN : 4887831021
     
すごく厚い本ですけど見応えタップリ!
私は初めて1冊の本に大枚はたきました。
’60s・’40sもあります
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by emirysan | 2005-03-03 12:24 | * 50’S | Trackback | Comments(3)