カテゴリ:*DooWopいろいろ( 4 )

2012年 04月 15日
ざっくざく?!其の② (SCARLETS/FIVE SATINS)
先週、桜の下でランチしよう!と友人を誘いランチ弁当を買って川沿いの公園へ行ったんだ。
マッタリシラフde昼花見、物心付いてから初めてかもしれない。
この日も前日には及ばなかったけど20度近い気温で、歩いてると少し暑いくらいだった。
帰りは裏道トコトコ歩いて神社を通り抜けた。そこにも桜が。
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きっと今日の雨で、また緑が増えてるだろうな。ワタシは体重が増えてたけどな。キャ。

・・・と、久し振りにパソコンの前にユックリ座ってる雨の土曜日。
前回のDELLSから少し間が空いたけど、53年組にワタシの大好きな大好きなグループの1つが居てます。
THE CADILLACS。
GLORIAは勿論、YOU AREなどの甘い甘いバラードから
SPEEDO IS BACK 、PEEK A BOO、BUZZ ,BUZZ ,BUZZ・・・
とアップテンポまで、アルバム聴いててもハズレが無いんだもの。
だけど、この年、もう1組同じ位好きなグループがっ。

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こちらもスターグループ、ファイブサテンズ。ココにも何度も登場してるっちゅう・・・
FRED PARRISを中心にコネチカット州の高校の級友同士でTHE SCARLETSを結成。
ハーレムにあったRED ROBINに「DEAR ONE」「I'VE LOST」を引提げ契約した。
この2曲、フレッドが17歳の頃に書き上げたそうな。
こ、こんなスンバらしいバラードを高校生がっ。

55年には「TRUE LOVE」B面には「CRY BABY」というシングルをリリース。
(CRY BABYは後にBONNIE SISTERSがカバーし、色んなグループも出してますね)
そして55年にグループのメンバー全員に兵役が。各地に配属されバラバラになったらしい。
フレッドは兵役中も歌い続け、この間にあの名曲「IN THE STILL OF THE NIGHT」を作ったそうな。
前にこの経緯を知った時に又この曲が切なく感じてしまったんだよな・・・ワタシ。

そして兵役中の56年、THE FIVE SATINSを結成、STANDORDというレーベルの社長の目に留まり契約したらしい。
この時、レコーディングスタヂオを持っていなかったSTANDORD、
最初のシングル「ALL MINE」は地元の教会の地下でレコーデイングしたそうだ。

2作目はあの「IN THE STILL OF THE NIGHT」。この曲が大ヒット。(61年にもポップチャート入りしたらしい)
ヒットの最中に更に配地の移動があり、この頃にリードボーカルがBILL BAKERとなっていたとか。

兵役後にフレッドは又SCARLETSとして「SHE'S GONE WITH THE WIND」「THE VOICE」をリリースしたらしいが、ヒットとはならず再びFIVE SATINSとして活動。
(BILL BAKERは59年にグループを脱退)

82年にはメドレー、MEMORIES OF DAYS GONE BYをリリース、これがグループ最後のヒット曲になったようだ。


因みに90年代までは活動してたみたい。

・・・ハ。(゜。゜)!皆さんコンニチハ。マッタリ週末過ごされてますか?お仕事の方はお疲れ様です。
駆け足でFIVE SATINS見てみたけど、やっぱいいなぁ~~と。
では、サテンズ曲をばもう1曲。


LONLEY HEART

この53年、他にはTHE HARPTONES、THE TURBUNS、THE SOLITAIRES、THE DRIFTERS、THE PLATTERS・・・
という有名処が。
でもね、この翌年も、更に次の年もイッパイ居てるんですよね。(つづく)
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by emirysan | 2012-04-15 21:30 | *DooWopいろいろ | Trackback | Comments(4)
2012年 03月 07日
ざっくざく?!其の①(DELLS)
昨日は10時頃からだったか暖かい陽が差し出して、何処か行きたい~・・・って思った。
思ったと同時に年下の友人の1人に電話し、昼から片道約1時間のドライブ、福生へGO!したんだ。
ハンバーグ食べたくなったら行くDEMODE DINERに到着。
駐車場近くで雑誌か何かなのか、外人さんの撮影してたけど、邪魔しちゃったかな。

昨日のDEMODEはOLDIESが流れてたんだ。
いいねぇ。50’Sな内装の中、外は晴天、16号と横田のスクールを眺めて好物食べる昼下がり。
て、アイスコーヒー飲み切る頃にはお腹がパンパンヨ。
パンパンになってたらDUBSのDON'T ASK TO BE LONLEYまで流れて、もう暫くそこに居たい気分だったな。
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                これは昨日の写真じゃありませんデス

・・・ハ。(゜-゜)皆さんコンニチハ。今日は曇りですけど暖かめ。美味しいお昼は食べましたか?
今日はこれからマッタリと音楽でも聴きながらやるコトやらねば・・・なのに、何故かコレ書いてます。ブフフ。

そう、先日’52年結成組からSPANIELSを書いたんですけど、1953年、DOOWOP黄金期真っ只中でしょうね。
この年から更にBIG NAMEがズラズラッと。
好きなグループもワンサカで迷うったらありゃしない。
で、本当に迷っちゃったので今回はTHE DELLSをば・・・
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MOONGLOWS,RAVENSなどを聴いてた世代だったこのグループも又、高校同級生5人で
先ずはEL-RAYS(スペイン語で「王」)という名前で結成した様で、翌年CHESSのオーデションを受けデビューしたそうな。
初めは苦労もあったようで、BARやレストランでライブをし、既にプロであったMOONGLOWSと親交を深め指導も受けたとか。
55年、Vee Jayと契約、この頃に地元のリゾート地WISCONSIN DELLSからDELLSと改名したんだそうです。

・・・今も何処でも同じでしょうけど、本当に名前の付け方もイロイロなんだなぁ~。

DELLSでの最初のシングルはTELL THE WORLD、続いてDREAMS CONTENTMENT、どちらも余りヒットしなかった様で、翌年にOH WHAT A NIGHTをリリースするも、こちらもパっとしなかったそうなんです。ナゼッ~~



・・・と、実はそのOH WHAT A NIGHTはニューヨークで大ヒットを飛ばしていたらしく、この頃からAPORO劇場へ出演したり,
’57~'58年前半にかけWHY DO YOU HAVE TO GOやPAIN IN MY HEARTなどのバラードをヒットさせて居たとか。

だけど'58後半に公演の移動中、自動車事故に遭い約2年ほどグループで活動が出来なかったようで、
'59の終わりに活動を再開。CHESSとVee Jayを行ったり来たりだったようですが、60年代にはR&BからSOULへと、
そして半世紀活動を続けている息の長いグループの代表でもあると。

STAY IN MY CORNER('65)

そして今回の〆は大~~好きな曲ッ。


NOW I PRAY
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by emirysan | 2012-03-07 15:25 | *DooWopいろいろ | Trackback | Comments(4)
2012年 02月 25日
どっぐはみんぐ?(SPANIELS)
今日は雨だし午後から配送待ちもあるしで一日家に居ようかなと。
そして、今日は散歩には出ないだろうな、と察した様なウチの犬が今ソファーを占領して顔が変形するほど寝てる。
だってさっきワタシの気配でムクっと顔を起こした彼を見たら口の辺りがっ。
自分の腕の曲線と同じ様な形っッ。
誰だッチミはィ。

・・・と、マッタリした一日だったのに、もうこんな時間。
3時のオヤツ、食べ損ねた。

・・・(゜。゜)ア。皆さんコンバンハ!スッカリ外は暗くなり、気付けば今日って土曜日なんですね・・・
お休みの方はマッタリ出来たでしょうか。お仕事の皆さんはお疲れ様です!

そう、前回、同じカテゴリーでムーングロウズを書かせて頂きました。
個人的に好きなグループからピックアップさせて貰った彼らの結成時期は「’51年」。
今回は’52年に結成されたグループの中から、この方たちのコトをば・・・
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THE SPANIELS。
学校内でのイベントに立つ高校生4人組が母体となり、そこにヴォーカルのPookieが加わり
彼の書いた「BABY IT'S YOU」を引提げて地元のイベントなどにも出演するようになったそうで。
当時流行していたバードグループの様に鳥の名前は避けようと新たなグループ名を考え、
ベースのJacksonの奥さんが言った「犬の群れの様だ」と評された所から
コッカ・スパニエルという犬種から取った名前なんだそうです。・・・て、そうか~犬の名前からだったんだ・・・。

そして、もう1つ「へぇ~そうだったんだ」と思ったのが、
James Bracken Vivian Carterという方が営む地元のレコード店を訪ね、新規事業としてレコードレーベルを立ち上げたそうな。
それがVee-Jayだそうです。

’54年にあのGOOD NIGHT SWEETHEART GOODNIGHTをリリース。
ご存知の通り、名曲の1つとして未だに聴かれてますものね。

彼らのバラード、ヴォーカルの何だか色気のある声と共にとても好きです。この曲も。

I O U

そして最初の曲も!


BABY IT'S YOU

この’52年に結成されたグループ、他にファイブクラウンズ、ヴォーカリアーズ、
それにチャームスとチェッカーズ・・・とあるようなのですが
取り上げようとプチ迷ったBIGグループTHE FLAMINGOSに爽やかREE ANDREWS&THE HEARTSも。

と、そんな資料を見てる間に日が暮れた今日でちた。

暖かくなったり、また寒くなったり・・・
コレ繰り返して春がやって来ると思いますが、どうか皆さん体調にはお気をつけてくださいませ!!
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by emirysan | 2012-02-25 19:30 | *DooWopいろいろ | Trackback | Comments(4)
2011年 12月 15日
どれにしよ・・・(MOONGLOWS)
12月、半分過ぎたんだなぁ・・・と、日付見ながら思う暖かい木曜。
今日はマッタリと小窓のカフェカーテンを洗って干そうとしたら破っちゃった~ぃ。
何で破れるのぅ~~って、引っ張りすぎたからです。ビリカーテンになった。

そんな事してた後は久し振りにこれまたマッタリとDOO-WOPでも・・・
て、好きな王道グループ集合させて、どれにしようか5秒迷った。
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なので目ぇつぶってシャッフルしてパっと取ったら・・・MOONGLOWS。
そうか、月の灯り、それにCHESSの映画の話も書いたからな・・・て、偶然です。
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何時も感性でのみ聴いてるけど、たまにはせっかく手元に師匠から貰った資料があるのでチョビっとMOONGLOWSの事も・・・

ジャズトリオからスタートした後にRAVENS,ORIOLESの影響を受けクラブで活動を始めた彼らは
当時ローカルラヂオ局のDJだったアランフリードの友人に気に入られ、Aフリードに紹介をしたそうな。
そして「MOONDOG SHOW」のパーソナリティーだったAフリードは、最初のシングル「I JUST CAN'T TELL NO COLE」をレコーディング、
それに伴い彼らのグループ名をMOONDOGに因んでTHE MOONGLOWSと改名したらしい。
そのご、グループ自ら動いたCHESSとの交渉が失敗、CHANCEと契約。
CHANCEでの最大のヒット曲がこのI WAS WRONGだそうだ。


続く219TRAIN('54)がCHANCEでの最後のシングルとなって、同年秋にCHESSと契約。
直後にあのシンシアリーがリリースされ、大ヒットとなった。
CHESSに移ったMOONGLOWSは’55年にはMOST OF ALLもヒットさせている。
これは、その又翌年のWHEN I'M WITH YOU。


・・・・・・って、要約するのも頭を使う・・・・・あ、そんな頭持ってなかった~~ぃ。

そうそう、彼らのレコードにはAフリードのペンネームAl Lance、
CHANCEではFuqua-Freedと記されてるそうです。親交も深かった様で。

オマケですがこのカバーもイイ感じ・・・。

CHANTERS/WHEN I’M WITH YOU
気になる、このグループ・・・・・

そうだ。どれにしようか、ってきっと何時までも迷うだろうな・・・好きなグループ言ってと聞かれたとしても。
あと一番大好物は何?て聞かれても迷うかもな・・・
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by emirysan | 2011-12-15 17:47 | *DooWopいろいろ | Trackback | Comments(6)